2021年4月1日、改正「高年齢者雇用安定法」が施行され、従業員を雇用する事業主に対し、65歳までの雇用確保義務に加え、65歳から70歳までの就業機会を確保するための努力義務が課せられた。
今回の改正法において、雇用する従業員が70歳まで働くことのできる就業機会を確保するよう「努力」することが義務化されたことにより、働く人にとっては学校卒業後から70歳までの約50年間、「キャリア」が求められるようになった。
日本が長い時間を掛けて培ってきた新卒者一括採用、一律の人材育成プログラム、長期勤続、結果としての終身雇用といった雇用慣行は、雇用側と被雇用者側双方の様々な要因の「変化」により、崩れ去ろうとしている。
被雇用者側、つまり働く人の変化としては「今の会社で定年まで勤め上げたいと思わない」34歳以下の若者が約6割に及ぶ。
雇用側、つまり経営者が長期勤続を一律に従業員に提案したとしても、雇用されている従業員側が一つの会社に長期勤続したいと思っていない。
このことは、新卒者として複数名を一括で採用し、社会人をスタートさせる4月から一律に施す人材育成プログラムによって育成し、❝同期❞同士で競い合いながら経営幹部を目指させる、理想的な人事モデルが、従業員側の意識変化を一つの大きな要因として機能不全を起こす可能性を示唆している。
経営側としては、このような理想的な人事モデルが崩れることに対して、必要な人材を獲得するため、従来型の毎年1~2%づつ賃金が上昇していく「年功賃金」から、長期勤続を前提とせず現在の職務遂行能力に対して報酬を支払う「職務給」を採用するなど、自社があらゆる変化に対応し勝ち残っていくため積み重ねてきた人事制度を変革させている。
経営は、勝ち残るために、組織の在り方をも自在に変えていくものと言える。
一例ではあるが、新卒者一括採用、長期勤続、結果として終身雇用等が働く人の意識変化を一つの要因として機能しなくなったことに対して、企業はそれらの「環境変化」を乗り越え、勝ち残るために、企業が「今」必要としている職務遂行能力を備えた人材を採用するため、「年功給」を基準とする水準より高い報酬を提示し、雇用する動きが広がっている。
長期間かけて培われてきた雇用慣行や賃金制度は、短期間で極端に変化することは考え難いが、長期勤続を前提とする雇用制度が揺らぎ続けた先には、勤続年数によって賃金が上昇する現在の賃金慣行から、働く人が有する「現在」の職務遂行能力に対して賃金を提示する、いわゆる「職務給」が日本のスタンダードな賃金慣行に取って代わる可能性も否定し難い。
「職務給」の人事制度の下では、雇用される企業内における職務分担と賃金水準は、従業員の職務遂行能力がベースとなる。
さて、「今の会社で定年まで勤め上げたいと思わない」働く人は、生活の糧を得るため、他の雇用先を探すか(転職するか)、自ら業を興すか(起業する)、どちらかを選ばなければならないだろう。
4月1日に施行された改正「高年齢者雇用安定法」によって、65歳から70歳までの就業機会を確保するための努力義務が課せられたことは、近い将来、国が年休支払い年齢を70歳に引き上げる青写真を描いていることは想像に難くない。
働く人にとっては、年金支給年齢を引き上げられることで、結果として70歳まで賃金を得られる仕事を行わなければならないプレッシャーが高まることになる。
崩れつつある新卒者一括採用、一律の人材育成プログラム、長期勤続、結果としての終身雇用等の雇用慣行の中で、働く人は70歳まで賃金が得られる仕事を展望しなければならない時代に移り変わろうとしている。
新たな日本的雇用慣行の照準の一つは、働く人の「現在価値」つまり「今」働く人が有している職務遂行能力に対して、職務や賃金を提示する「職務給」の世界観を見据えているのではないだろうか。
「職務給」の世界観において、働く人が「やりたいこと」の実現、すなわち転職や起業の実現の基礎となるのは、個人が有する職務遂行能力となる。
そして、働く人個々人が有する職務遂行能力の獲得は、これまで日本的雇用慣行のように一律従業員全員に提供される人材育成プログラムではなく、個々人が自ら社外または社内で獲得しなければならないものとなる。
働く人も望んだことを一因として揺らぎ続けている伝統的な日本の雇用慣行は、職務遂行能力の獲得について、入社した会社が提供する人材育成プログラムに期待することが難しくさせ、キャリア形成の大部分を働く人個人が自ら切り拓くことを推し進めようとしている。
自らの意志でキャリアを選び、行動している人の方が、職務遂行能力を自ら高めていることを明らかにした調査がある。
一般財団法人企業活力研究所の「『学び』を支える❝学習習慣❞のある人材の確保・育成に向けた人事戦略に関する調査研究報告書」によれば、働く人の中で自ら「学ぶ」学習慣習がある人は、
・転職の経験がある人
・大きく仕事内容が変化した経験がある人
であった。
転職(や転籍)を経験した人の「学習習慣がとてもある」と回答した割合は58.6%であったのに対し、転職(や転籍)の経験がない人の学習習慣は、17.2ポイント低い結果であった(転職経験のない人で「学習習慣がとてもある」と回答したのは41.4%であった。逆に「学習習慣がない」は63.1%だった)。
同じく、大きく仕事内容が変化した経験がある人の「学習習慣がとてもある」割合が58.6%であったのに対し、大きく仕事内容が変化したことのない人の学習習慣は17.2ポイント低くなっている(大きく仕事内容が変化したことのない人で「学習習慣がとてもある」と回答したのは41.4%であった。逆に「学習習慣がない」は60.3%だった)。
この調査からは、変化している働く人の新卒者として入社してからのキャリア形成に関する意識に対応するように、実際に転職を行った人の方が自己のエンプロイアビリティを高めるため、「学び」「学習習慣」を身につけていることが分かった。
働く人の雇用されることに関する意識は変化し続けている。
そして、自ら望むキャリアをデザインするための着実に準備を行う人も増えている。
【引用・参考文献】
・「経営革新と『稼ぐ力』の向上に向けた仕事とキャリア管理に関する調査研究」一般社団法人企業活力研究所(2018)
・「『学び』を支える❝学習習慣❞のある人材の確保・育成に向けた人事戦略に関する調査研究報告書」一般財団法人企業活力研究所(2019)
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