【2000年代初頭の新卒者就職活動事情】
新卒者向け広報活動の開始は10月1日であったが(対象は大学3年生、短大1年生)、現在(2021年)は「学業への専念」を理由に、3月1日に広報活動開始時期が後ろ倒しされている。卒業年次の約半年前から就職活動(企業にとっては採用活動)が開始されていた2000年初頭は、卒業までの期間、最長約1年6カ月が就職活動期間となりえた。
学生は10月1日に複数の大手就職支援サイトに登録、エントリーし、個別の会社説明会に参加、エントリーシート・書類審査をクリアした順に、筆記試験、複数回の採用面接を経て、内定獲得となる。
1990年代半ばから、2000年代半ばまでが、新卒者にとっての「就職氷河期」と称されている。バブル経済崩壊後の急激な不況下であり、公務員、民間企業ともに採用者数が、厳しく抑制されていた。
豊田義博氏によれば、この時代に、「キャリアカウンセリング」や「キャリアコンサルティング」といった新しい言葉が多用されるようになった。
(「就活エリートの迷走」ちくま新書2010年)
「自己分析」や「強み探し」も広く、深く、全国的に急速に普及していった。
【2000年代初頭、実際の就職活動】
「就職氷河期」只中の2000年度、大学新卒者の求人倍率は0.99倍。求人総数40万7800人に対し、求職者数41万2300人(リクルートワークス調査による)。
就職を望む学生数よりも、就職先=求人数の方が少ない、学生のやる気や意思に関係なく必然的に卒業後にフルタイムの正規社員に就けない雇用環境であった。さらに企業の採用基準に満たない場合、求人数にはカウントされていても実際は採用しない企業も多数あり、大学を卒業してもフルタイム正社員に就けなかった新卒者が数万人に及んだ。
(直近2020年3月、大学卒業予定者の求人倍率は1.83倍。求人総数80万5000人に対し、求職者44万人。学生の「売り手市場」と呼ばれている。)
2000年代初頭は企業側・採用側の過度な「買い手市場」であった。大学生はとにかく在学中に就職先を決めることに必死に。会社説明会への参加、エントリーシートの提出、書類審査、筆記試験、複数回の面接。この一連のプロセスを内定が出るまで繰り返す日々。10社、20社から「不採用=お祈りメール」が届くことは、「普通」のこととして驚かれることに少なかった。
求職者より求人数が少ない雇用情勢の中で、新卒就活生を惑わせたであろうツールが、「自己分析」、そこから派生する「強み探し」、「適職診断」。
「キャリア教育」が一般化させていなかった時代、学生時代の残り1年半になった時点で、唐突に突きつけられる、自己を深く探り、自己の人生を切り拓く道を自ら探す、という一つの新卒就職活動における「型」。
「自己分析」が新卒就活生にとって混迷を深める「型」の一つとなる理由に、仮に自己の人生を歩むマイルストーンを定められたとしても、それが企業が求める人材像に重なるとは限らない、ことがあげられる。「自己分析」「強み探し」「適職診断」でフィットした会社に何度トライしても、新卒就活生がフィットしていると考えることと、企業が採用したい人材像とは必然的に異なるケースが多いため、学生の「適職」=企業の「採用」には繋がらない。
自分のことを知り過ぎている親、兄弟には、羞恥心から、自分の本心を全て打ち明けることは難しい。大学の友人達も同じ境遇の人が多く、みな自分のことで精一杯。大学のキャリア支援センターは多くの学生が集まり、ひとり一人の学生に掛けられる時間に限りがある。
多くの「就職氷河期」世代は逃げ場のない就職活動を経験した。「自己分析」により自己を深く考えれば、考えるほど、焦燥感が募る日々。就職相談=「カウンセリング」を施してくれる人がいるだけで、孤立せずに就職活動を続けられた学生が多いのではないか。
「自己分析」「適職診断」通りに、職業に就けた学生がどの程度いたのか。自分が定めた人生と「目標」通りに、職業・会社を選ぶことが出来た学生はどの程度いたのか。
「就職氷河期」に厳しい就職活動を行った世代は、現在では40代後半となり、今や次の世代の若者を支える人材にとなっている。
新卒就活生のためのオンライン就職相談は、「就職氷河期」に就職活動を経験し、現役でフルタイム正社員であり、且つカウンセリングの資格を有する兼業カウンセラーが、理論と実践に基づき、就職相談=キャリカウンセリングを提供する。
【引用・参考文献】
・「第 17 回 2001 年卒大卒求人倍率調査」 株式会社リクルートリサーチ(2000年)
―新卒就活生のためのオンライン就職相談 メッセンジャー・チャットアプリ